青田切腹堂のレイソル戦観戦史
いかんせん記憶があやふやな部分は御容赦を……
1993 1994 5−0 甲府クラブ(JFL第5節) 2x−1 京都パープルサンガ(JFL第10節) 4−2 セレッソ大阪(JFL第21節) 1995 0−1 鹿島アントラーズ(Jリーグ1st第2節) 2−3 清水エスパルス(Jリーグ2nd第13節) 1996 0−2 ジェフナナイティド市原(Jリーグ第4節) 5−2 アビスパ福岡(Jリーグ第13節) 0−7 浦和レッドダイヤモンズ(Jリーグ1st第21節) 1−0 国士館大学(天皇杯3回戦) 1997 5−1 ヴィッセル神戸(ナビスコカップ予選第1節) 1−1 名古屋グランパスエイト(ナビスコカップ予選第5節) 1998 1−1
(PK5−4)コンサドーレ札幌(Jリーグ1st第3節) 2−3 名古屋グランパスエイト(Jリーグ1st第10節) 3−1 セレッソ大阪(Jリーグ2nd第4節) 1−3 ベルマーレ平塚(Jリーグ2nd第15節) 3−1 サガン鳥栖(天皇杯3回戦) 1999 2−0 ジェフユナイティド市原(Jリーグ2nd第5節) 0−4 サンフレッチェ広島(Jリーグ2nd第7節) 2−2
(PK5−4)鹿島アントラーズ(ナビスコカップ決勝戦) 0−3 セレッソ大阪(Jリーグ2nd第14節) 4−2 デンソー(天皇杯3回戦) 2−0 浦和レッドダイヤモンズ(天皇杯4回戦) 2000 2−1 ジェフユナイテッド市原(ちばぎん杯) 1−0 ヴェルディ川崎(Jリーグ1st第2節) 3x−2 FC東京(Jリーグ1st第4節) 2x−1 京都パープルサンガ(Jリーグ1st第6節)
| 1993年・その日、青田は柏駅東口で菰樽を用意して祝勝会の準備をしている面々を見た。数時間後(東口「つぼ八」で飲んだ後)、その場所を通りかかると宴会騒ぎが行われている。「おお、昇格出来たのか、やった」などと友人たちと喜び、2次会へと向かったのだが・・・・・・。 ・・・・・・さらに数時間後、それがヤケ酒だった事を、スポーツニュースで知る事となる。「あの」電話を受けたお姉さんの×ポーズが柏全市を慟哭させた(?)。しかしこの時すんなりと昇格したとしたら、筆者が柏レイソルにここまではまる事は無かったかもしれない。 |
| 1994年・JFL時代。2位以内ならJ昇格という明確な基準が打ち出される。他の準加盟チームに、セレッソ大阪、鳥栖フューチャーズ(現サガン鳥栖)、京都パープルサンガ。当初の予定ではJFLには敵無し、ぶっちぎりで優勝するはずだったのだが、いざ始まってみると序盤戦ではC大阪、京都が絶好調、また終盤には準会員でない藤枝ブルックス(旧中央防犯、後に福岡ブルックス、現アビスパ福岡)に大苦戦を強いられるハメに・・・・・・。また中盤戦で戸塚、柱谷を補強、カレカとの100歳トリオが結成されたりもした。 |
| JFL第5節・柏レイソル5−0甲府クラブ(現ヴァンフォーレ甲府) 記念すべきレイソル戦初観戦。「せっかくだったら絶対に勝てる試合を見に行こう」というコンセプトのもとの企画。期待通り、圧勝したのだが、得点者が5点とも違うというバラエティに富んだゲームであった。この大勝に気を良くして、「I’ll be back」(また来る)ターミネーターなノリでスタジアムを後にした。 |
| JFL第10節・柏レイソル2x−1京都パープルサンガ 第10節を迎えたこの段階で、レイソルは既に大塚製薬(現ヴォルティス徳島)と藤枝ブルックス(現アビスパ福岡)の前に2敗を喫していた。一方の京都サンガはここまで9戦全勝――ここで負けたら洒落にならんぜい、てな設定で迎えたゲーム。 |
| JFL第21節・柏レイソル4−2セレッソ大阪 この段階で首位を争っていた両チームの対戦(藤枝ブルックスを含む三つ巴状態だった……と記憶している)。友人の岡山氏(仮名)にも声はかけたのだが断られ、結局一人での観戦となる。南柏でのバイトを終えた足でスタジアムに直行した――そして後にも先にも、この時しか経験のない事だが、ダフ屋からチケット(4000円)を買うはめになる。当日券はない、との言葉を私に伝えたのは一体誰だったのだろうか? ひょっとしてダフ屋に騙されたのだろうか? よく覚えていない。しかし、確かにスタジアムの中は満員だった。あんなにレイソルスタジアムが混んでいるのを見たのは、あれが最初で最後ではなかったか、実に観衆の数14850人。 |
| JFL第29節・柏レイソル1−1(PK1−4)川崎製鉄(現ヴィッセル神戸) 別にスタジアム観戦したわけではないのだが。このゲーム、勝てば2位以内確定という状況だったのだが……。PK戦の末に敗退、この日、南柏からのバイト上がりで柏の友人宅に向かう筆者が柏駅で目撃したのは、あまりにも悄然とした黄色と黒のサポーターの群れだった。まさか負けるとは夢にも思っていなかったが、「負けたんだよなあ、この雰囲気はどう見ても」と愕然。(とても人々に尋ねて良い雰囲気では無かった) |
1994年の観戦勝率は1.000(3勝0敗)
| 1995年・まあ無理もないのだが、前期は酷い事になっていた。ゼ・セルジオ氏は前期で解任(彼のベンツを誰かがハイエナの如く買い叩いたという噂は事実だろうか?)。前年の功労者ロペスを解雇してまで獲得したミューレルはあっという間に帰国(柏市のゴミの出し方が分からなかったのが原因という怪しげな都市伝説は本当だろうか?) シーズン半ばにして、外国人枠を一つも使わずに戦っていた試合が沢山あったような気がする。でも、後半は頑張った。棚田伸大暴れの年。 |
| Jリーグ1stSTAGE第2節・柏レイソル0−1鹿島アントラーズ 友人の岡山氏と初の国立観戦ツアーに行く、まあ正直、勝てるとはあんまり思っていなかったんだけど、昇格祝いの御祝儀と思って、1ゴールでも見れればいいなと思っていくのだが…… ミューレル外す! ……というわけで、敢え無く敗退、試合終了後、新宿の某飲み屋で「鹿島の愚民どもが調子にのりおって」などと岡山氏と愚痴っていると、隣席の赤い(無論、レッズでもグランパスでもない)レプリカを着たカップルに鼻で冷笑される。(これも忘れられない) |
| Jリーグ2ndSTAGE第13節・柏レイソル2−3清水エスパルス 岡山氏ほか2名と計4名で柏スタジアムに乗り込む、ここまでセカンドは6勝6敗の5分の成績(でもここまで3連敗中)、まあ多分、暇だったら見に行ったのだろう。 「運動能力及び反射神経に欠ける、つまり審判すんなよ……」 と云いたくなるようなとろい主審に、レイソルのパスしたボールが当たり、そのこぼれ球を拾われ、決勝ゴールを許す。ぶち切れそうになりながら、そのまま新宿へ向かい飲む。 |
1995年の観戦勝率は0.000(0勝2敗)
ここまでの通算勝率は0.600(3勝2敗)
| 1996年・ニカノール監督を召喚、そしてエジウソン、アントニオ・カルロスの獲得。今にして思えば、凄く充実補強が行われたわけなのだが……その当時は、「エジウソン……? エジソン(当時平塚)のバッタモンみたいやな」とか「ブラジル人の半分くらいはカルロスなんじゃないの」とか友人岡山氏と云いたい放題なことを云っていた記憶がある。とにかく、やたらと話題性(12連勝、エジウソンの5ゴールなど)のあるサッカーをしてくれたシーズンだった。この年のリーグ戦、通算成績は20勝10敗。 |
| Jリーグ第4節・柏レイソル0−2ジェフユナイティド市原 開幕から、浦和・名古屋に連敗し、「今年もやばいなあ」と思い始めたら、3節ではヴェルディ(まだ強かった)に横山雄次(現大宮アルディージャ)のVゴールで勝利! そしてこの4節からはカレカの復帰、ホームゲーム等々、負ける要素のない筈の試合を狙って、観戦しに行った。行ったのだが……。 |
| Jリーグ第13節・柏レイソル5−2アビスパ福岡 前回(市原戦)の反省を糧に、さらに「絶対に勝てる相手との試合を」という条件に適ったのが、このチーム、昇格したばかりのアビスパ福岡である。レイソルの方はというとここまで5連勝中、負ける要素は思い付かない。余談だが、このチーム、中央防犯→藤枝ブルックス→福岡ブルックス→アビスパ福岡とチーム名が落ち着く暇が無い。 |
| Jリーグ第20節・柏レイソル0−7浦和レッドダイヤモンズ 「9月21日を忘れるな!」 12連勝中のホームゲーム、今日もエジウソンは何点決めてくれるだろう、という期待に胸をときめかせながら、2度目の国立へと、我々(またしても青田・岡山組)は乗り込んだ。誰もそんな酷い事になるとは夢にも思わなかった。噂に聞く浦和レッズの熱狂的サポーター(フーリガン)ですら、そんな事を予期していたかどうか……。 岡山「おおう、この状況でなお攻めに出るとはさすがニカノールだ」 ……確かにまんざら夢ではなかった。ただし、後半4点取ったのは浦和の方だったけどね。さらに折角奪い取ったPKをエジウソン外す。後半終了間際、ワグネルとニールセンが乱闘を起こし、両者とも一発退場(あと浦和の監督だか、コーチだかも退席処分を受けてた) 嫌になった主審はロスタイムを1秒も取らずにタイムアップの笛を吹く。 試合終了後、新宿にてやけ酒。この段階で、青田・岡山間の緊張は臨海点にまで達している。 青田「君が見に来てから負けたんだね」 |
| 天皇杯3回戦・柏レイソル1−0国士館大学 さて前回で蜜月の日々は終わった(違)。岡山氏と決裂したため、一人での観戦となる。さて、レイソル永遠の宿敵、国士館大学とまたしても対戦。一昨年の天皇杯予選ではPK戦の末、敗れるという屈辱を味わっているだけに、絶対に負けられないゲーム(負けたらプロじゃねぇ……)。しかし、内容的には結構、押されている、(情けない) 結局、前半30分過ぎの酒井のゴールで1−0で逃げ切るが、うーん、誉められた内容ではなかった。 |
1996年の観戦勝率は0.500(2勝2敗)
ここまでの通算勝率は0.555(5勝4敗)
| 1997年・前年度でカレカと柱谷の高齢FW2人が引退、代わって若いジャメーリを獲得、エジウソンの相棒として、素晴らしい働きを見せてくれるのだが…… 青田はこの年4月から仙台へ移住の為、思い残す事のないようにナビスコのレイソル戦を2試合だけ観戦。 |
| ナビスコカップ予選第1節・柏レイソル5−1ヴィッセル神戸 再び和解した筆者と岡山氏は基本原点に立ち戻った。 |
| ナビスコカップ予選第5節・柏レイソル1−1名古屋グランパスエイト この日は後輩と2人で観戦した。この男も只者ではない。学生の頃は学内で年中、FKの練習をやっていた変人である。 ナビスコ予選、ここまでの貯金があるので、この試合、レイソルは勝ち点1、引き分けでも予選突破が確定する。従ってニカノール、珍しくディフェンシブな戦術を採る。だからして当然、見ている方は、 「つまんねえ」 結局、エジウソンのゴールで先制するも、平野のゴールで追いつかれ、ドロー、名古屋も引き分けでもOKな部分があったからなあ。ちょっと入場料返せなゲームだった。結局、この勝ち点1でレイソルは予選突破を決めた。最終第6節で、レイソル、グランパスとも負けたのには、ちょっと失笑。 |
1997年の観戦勝率は1.000(1勝1分)
ここまでの通算勝率は0.600(6勝4敗1分)
| 1998年・ニカノール氏、エジウソン、ジャメーリ、バウディールの退団でほぼ陣容は一新、監督にはついに西野朗氏が就任、新外国人にバジーリオ、ドゥッダ、マルコン……。しかし、途中でシルバとマルコンとドゥッダが退団、何とブルガリアからストイチコフ、ブラジルからブユーとベンチーニョ。もうワケが分からん。成績も「なんだかなあ」という内容に終わる。 |
| Jリーグ1stSTAGE第3節・柏レイソル1−1(PK5−4)コンサドーレ札幌 諸々の用事(殆ど遊び)で上京する。試合終了後はレイソルオフ会にも参加――なかなかに充実した一日だった。試合の方は、楽勝だと思っていたのだが、大苦戦、バルデスのハイレベルなゴールで先制され、敗色濃厚となるも、後半も終わり頃、光輝が切り込んで同点ゴール、試合は延長戦(コンサドーレのVゴールと思ったら、オフサイドで命拾いなんて場面もあった)でも決着が付かず。PKへ……5人蹴って、全員決めたレイソルの勝ち。 |
| Jリーグ1stSTAGE第10節・柏レイソル2−3x名古屋グランパスエイト 当初は友人達と4〜5人のツアーの筈が、諸事情により、結局、後輩(男)と2人で見に行く事になる。試合の方は、取られたら取り返す点の奪い合いになり、結局延長戦にもつれ込む、ここまで延長・PK絡みで勝ち点を損しまくっているレイソルサポーターの間から溜め息が漏れる。結局、延長Vゴールを決められて敗退。まあ完封負けするよりは良かったのだろうが……あんまり面白くはなかったな、と。 |
| Jリーグ2ndSTAGE第4節・柏レイソル3−1セレッソ大阪 開幕3連勝とセカンドステージ絶好のスタートを切った柏レイソル、第4節ホームに迎えたのはJリーグ同時昇格のセレッソ大阪。
この内容で4000円なら安い。と思わせるようなナイスゲームであった。 |
| Jリーグ2ndSTAGE第15節・柏レイソル1−3ベルマーレ平塚 久々に岡山氏とレイソル観戦に向かう。(この段階で8割方負けは確定していた?) |
| 天皇杯3回戦・柏レイソル3−1サガン鳥栖 色々と(一部分、まだ人には云えないような)所用があって上京しました。 さてスタジアム到着、試合は前半10分でした。 「今のはレッドだろ、人数、同じにしてくれ」 人数、同じ――――? 何度数えても10人しかいません。マジかよ。 しかもボードをよく見れば、ベンチーニョの右隣に一人分の空白があります。そこにいるはずの選手が退場になったのでしょう。 ストイチコフ……! 何しに私ははるばる仙台から観に来たんだろう。 後半に入ると入江に変わってU−21帰りの明神が投入されました、その明神君、無茶苦茶動きが冴えてました。「ブランメルにおける御厨」(凄いマニアな比喩だ)のように突出してました。そうこうしているうちに51分に酒井の先制ゴールが決まりました。熊谷のロングシュートを方向を変えて押し込んだように見えました。 80分過ぎ、レイソルは絶体絶命の危機を迎えました。混戦のこぼれ球をもう少しで押し込まれるところでした。サガンのFWがあと30cm足を出していたら、おそらくレイソルは負けていたでしょう。しかし幸いな事にボールはゴールマウスを外れていきました。 87分、加藤望の鮮やかなシュートが決まって、勝ち越します。 結局このまま試合は終了して、3−1でレイソルが4回戦へとコマを進めました。予想通り相手は浦和です。 試合終了後には今年で退団する沢田謙太郎がスタンドにユニフォームやグローブを投げ込んでました。 一人少ない劣勢をものともせずに勝利したと云えば聞こえはいいですが、サガンの決定力の無さに救われた試合という印象の方が強いです。当たり前ですが、相手が鹿島や磐田だったらひどい目に遭っていた事でしょう。4回戦はストイチコフも出られないし。やれやれ。 他会場の結果が続々と入ってきました。毎年の事とはですが、JFLに足元を掬われるJリーグ勢があちこちで出ていました。 試合終了後は「さかって連」さんの飲み会に混ぜて戴き、とても楽しかったです。皆さんどうもでした。 今回の教訓――――「5分や10分と考えたのが命取り」(笑) そうそう岡山君は別口で新宿で飲んでいたそうです。 |
1998年の観戦勝率は0.600(3勝2敗)
ここまでの通算勝率は0.600(9勝6敗1分)