青田切腹堂のレイソル戦観戦史

いかんせん記憶があやふやな部分は御容赦を……

1993    
1994 5−0 甲府クラブ(JFL第5節)
  2x−1 京都パープルサンガ(JFL第10節)
  4−2 セレッソ大阪(JFL第21節)
1995 0−1 鹿島アントラーズ(Jリーグ1st第2節)
  2−3 清水エスパルス(Jリーグ2nd第13節)
1996 0−2 ジェフナナイティド市原(Jリーグ第4節)
  5−2 アビスパ福岡(Jリーグ第13節)
  0−7 浦和レッドダイヤモンズ(Jリーグ1st第21節)
  1−0 国士館大学(天皇杯3回戦)
1997 5−1 ヴィッセル神戸(ナビスコカップ予選第1節)
  1−1 名古屋グランパスエイト(ナビスコカップ予選第5節)
1998 1−1
(PK5−4)
コンサドーレ札幌(Jリーグ1st第3節)
  2−3 名古屋グランパスエイト(Jリーグ1st第10節)
  3−1 セレッソ大阪(Jリーグ2nd第4節)
  1−3 ベルマーレ平塚(Jリーグ2nd第15節)
  3−1 サガン鳥栖(天皇杯3回戦)
1999 2−0 ジェフユナイティド市原(Jリーグ2nd第5節)
  0−4 サンフレッチェ広島(Jリーグ2nd第7節)
  2−2
(PK5−4)
鹿島アントラーズ(ナビスコカップ決勝戦)
  0−3 セレッソ大阪(Jリーグ2nd第14節)
  4−2 デンソー(天皇杯3回戦)
  2−0 浦和レッドダイヤモンズ(天皇杯4回戦)
2000 2−1 ジェフユナイテッド市原(ちばぎん杯)
  1−0 ヴェルディ川崎(Jリーグ1st第2節)
  3x−2 FC東京(Jリーグ1st第4節)
  2x−1 京都パープルサンガ(Jリーグ1st第6節)

1993年

1993年・その日、青田は柏駅東口で菰樽を用意して祝勝会の準備をしている面々を見た。数時間後(東口「つぼ八」で飲んだ後)、その場所を通りかかると宴会騒ぎが行われている。「おお、昇格出来たのか、やった」などと友人たちと喜び、2次会へと向かったのだが・・・・・・。

 ・・・・・・さらに数時間後、それがヤケ酒だった事を、スポーツニュースで知る事となる。「あの」電話を受けたお姉さんの×ポーズが柏全市を慟哭させた(?)。しかしこの時すんなりと昇格したとしたら、筆者が柏レイソルにここまではまる事は無かったかもしれない。


1994年

1994年・JFL時代。2位以内ならJ昇格という明確な基準が打ち出される。他の準加盟チームに、セレッソ大阪、鳥栖フューチャーズ(現サガン鳥栖)、京都パープルサンガ。当初の予定ではJFLには敵無し、ぶっちぎりで優勝するはずだったのだが、いざ始まってみると序盤戦ではC大阪、京都が絶好調、また終盤には準会員でない藤枝ブルックス(旧中央防犯、後に福岡ブルックス、現アビスパ福岡)に大苦戦を強いられるハメに・・・・・・。また中盤戦で戸塚、柱谷を補強、カレカとの100歳トリオが結成されたりもした。

 

JFL第5節・柏レイソル5−0甲府クラブ(現ヴァンフォーレ甲府)

 記念すべきレイソル戦初観戦。「せっかくだったら絶対に勝てる試合を見に行こう」というコンセプトのもとの企画。期待通り、圧勝したのだが、得点者が5点とも違うというバラエティに富んだゲームであった。この大勝に気を良くして、「I’ll be back」(また来る)ターミネーターなノリでスタジアムを後にした。

 

JFL第10節・柏レイソル2x−1京都パープルサンガ

 第10節を迎えたこの段階で、レイソルは既に大塚製薬(現ヴォルティス徳島)と藤枝ブルックス(現アビスパ福岡)の前に2敗を喫していた。一方の京都サンガはここまで9戦全勝――ここで負けたら洒落にならんぜい、てな設定で迎えたゲーム。
 先制点はまだ覚えているぞ、FKからのこすく素早いリスタートをロペス(現呂比須ワグナー)が決めたのだ。後半、サンガに追いつかれる。その際、ほぼレイソルファン一色のスタンド内をサンガの旗を持った親爺が蛮勇にも挑発的に走り回っていたのを、こちらも鮮明に記憶している。試合の方は延長戦の末、ネルシーニョのゴールでレイソルが勝利。

 

JFL第21節・柏レイソル4−2セレッソ大阪

 この段階で首位を争っていた両チームの対戦(藤枝ブルックスを含む三つ巴状態だった……と記憶している)。友人の岡山氏(仮名)にも声はかけたのだが断られ、結局一人での観戦となる。南柏でのバイトを終えた足でスタジアムに直行した――そして後にも先にも、この時しか経験のない事だが、ダフ屋からチケット(4000円)を買うはめになる。当日券はない、との言葉を私に伝えたのは一体誰だったのだろうか? ひょっとしてダフ屋に騙されたのだろうか? よく覚えていない。しかし、確かにスタジアムの中は満員だった。あんなにレイソルスタジアムが混んでいるのを見たのは、あれが最初で最後ではなかったか、実に観衆の数14850人。
 さてそれはともかく、なんとかかんとかゴール裏に潜り込む事に成功――試合の方は、戸塚・大熊・ヘジス・大倉(もう誰も残っちゃあいない……)の4ゴールで完勝。1ゴール1000円か……。
 余談ではあるが、当時、セレッソには「浪花のアルシンド」(要するに河童頭だったということだろう)と呼ばれたモウラという選手がいたが、彼もロペス同様、翌年のJ昇格と同時にセレッソに解雇された。

 

JFL第29節・柏レイソル1−1(PK1−4)川崎製鉄(現ヴィッセル神戸)

 別にスタジアム観戦したわけではないのだが。このゲーム、勝てば2位以内確定という状況だったのだが……。PK戦の末に敗退、この日、南柏からのバイト上がりで柏の友人宅に向かう筆者が柏駅で目撃したのは、あまりにも悄然とした黄色と黒のサポーターの群れだった。まさか負けるとは夢にも思っていなかったが、「負けたんだよなあ、この雰囲気はどう見ても」と愕然。(とても人々に尋ねて良い雰囲気では無かった)

1994年の観戦勝率は1.000(3勝0敗)


1995年

1995年・まあ無理もないのだが、前期は酷い事になっていた。ゼ・セルジオ氏は前期で解任(彼のベンツを誰かがハイエナの如く買い叩いたという噂は事実だろうか?)。前年の功労者ロペスを解雇してまで獲得したミューレルはあっという間に帰国(柏市のゴミの出し方が分からなかったのが原因という怪しげな都市伝説は本当だろうか?) シーズン半ばにして、外国人枠を一つも使わずに戦っていた試合が沢山あったような気がする。でも、後半は頑張った。棚田伸大暴れの年。

 

Jリーグ1stSTAGE第2節・柏レイソル0−1鹿島アントラーズ

 友人の岡山氏と初の国立観戦ツアーに行く、まあ正直、勝てるとはあんまり思っていなかったんだけど、昇格祝いの御祝儀と思って、1ゴールでも見れればいいなと思っていくのだが……
 試合の方は予想通り、黒崎だったか長谷川だったかのヘッドで先制される。後半終了間際にレイソルもPKを獲得するのだが……これを、

ミューレル外す!

……というわけで、敢え無く敗退、試合終了後、新宿の某飲み屋で「鹿島の愚民どもが調子にのりおって」などと岡山氏と愚痴っていると、隣席の赤い(無論、レッズでもグランパスでもない)レプリカを着たカップルに鼻で冷笑される。(これも忘れられない) 

 

Jリーグ2ndSTAGE第13節・柏レイソル2−3清水エスパルス

 岡山氏ほか2名と計4名で柏スタジアムに乗り込む、ここまでセカンドは6勝6敗の5分の成績(でもここまで3連敗中)、まあ多分、暇だったら見に行ったのだろう。
 ゲームの方は先制された後、ベンチーニョの2ゴールで逆転、しかし、同点とされた後、最後は

「運動能力及び反射神経に欠ける、つまり審判すんなよ……」
(まあ主観的な怒りなんすけどね、逆の立場なら「よくやった」と絶賛してただろうから)

と云いたくなるようなとろい主審に、レイソルのパスしたボールが当たり、そのこぼれ球を拾われ、決勝ゴールを許す。ぶち切れそうになりながら、そのまま新宿へ向かい飲む。

1995年の観戦勝率は0.000(0勝2敗)

ここまでの通算勝率は0.600(3勝2敗)


1996年

1996年・ニカノール監督を召喚、そしてエジウソン、アントニオ・カルロスの獲得。今にして思えば、凄く充実補強が行われたわけなのだが……その当時は、「エジウソン……? エジソン(当時平塚)のバッタモンみたいやな」とか「ブラジル人の半分くらいはカルロスなんじゃないの」とか友人岡山氏と云いたい放題なことを云っていた記憶がある。とにかく、やたらと話題性(12連勝、エジウソンの5ゴールなど)のあるサッカーをしてくれたシーズンだった。この年のリーグ戦、通算成績は20勝10敗。

 

Jリーグ第4節・柏レイソル0−2ジェフユナイティド市原

 開幕から、浦和・名古屋に連敗し、「今年もやばいなあ」と思い始めたら、3節ではヴェルディ(まだ強かった)に横山雄次(現大宮アルディージャ)のVゴールで勝利! そしてこの4節からはカレカの復帰、ホームゲーム等々、負ける要素のない筈の試合を狙って、観戦しに行った。行ったのだが……。
 今は理解している事だが、レイソルというチームは負ける要素のない試合ほど弱く、勝てるはずのない試合だと結構、頑張る。
 小雨のぱらつく薄ら寒い天候だった。
 何もかもが噛み合ってない試合だった。先制された後の、同点ゴール……と思われたものはオフサイドの判定で無効、何も出来ずにいるうちに、2点目を奪われ、何も出来ないままに終戦――この辺りから友人・岡山氏との間で、「どっちがレイソルに不運を運んできているか」議論が始まるようになる。

 

Jリーグ第13節・柏レイソル5−2アビスパ福岡

 前回(市原戦)の反省を糧に、さらに「絶対に勝てる相手との試合を」という条件に適ったのが、このチーム、昇格したばかりのアビスパ福岡である。レイソルの方はというとここまで5連勝中、負ける要素は思い付かない。余談だが、このチーム、中央防犯→藤枝ブルックス→福岡ブルックス→アビスパ福岡とチーム名が落ち着く暇が無い。
 再び、岡山氏ほか一人と怯えるようにして、スタジアムへと赴く。
 試合の方は圧勝だった。エジウソンの2得点、バウディール・望・片野坂らのゴールラッシュでまずまず順当な結末と云える。かなりうろ覚えな記憶なのだが、後半になってキーパーが土肥から竜二に代わった後、立て続けに2失点していたような……。
 さて、ここで調子に乗ったのが行けなかったのだろうか、レイソルはその後、連勝を12にまで延ばす。
 そして我々(青田・岡山組)はあの『悪夢の日』を迎える事になるのである。 

 

Jリーグ第20節・柏レイソル0−7浦和レッドダイヤモンズ

 「9月21日を忘れるな!」

 12連勝中のホームゲーム、今日もエジウソンは何点決めてくれるだろう、という期待に胸をときめかせながら、2度目の国立へと、我々(またしても青田・岡山組)は乗り込んだ。誰もそんな酷い事になるとは夢にも思わなかった。噂に聞く浦和レッズの熱狂的サポーター(フーリガン)ですら、そんな事を予期していたかどうか……。
 前半のうちに、3点を奪われ、なおかつ伊達は退場処分で1人少ないという、この窮地――ハーフタイム、闘将・ニカノール監督は一か八かの賭けに打って出た。FWを2人同時投入、菅野賢一(現・川崎フロンターレ)ともう一人は誰だっかっけか?がフィールドへ。

 岡山「おおう、この状況でなお攻めに出るとはさすがニカノールだ」
 青田「うむ、後半4点取る事も夢ではないかもしれん」

 ……確かにまんざら夢ではなかった。ただし、後半4点取ったのは浦和の方だったけどね。さらに折角奪い取ったPKをエジウソン外す。後半終了間際、ワグネルとニールセンが乱闘を起こし、両者とも一発退場(あと浦和の監督だか、コーチだかも退席処分を受けてた) 嫌になった主審はロスタイムを1秒も取らずにタイムアップの笛を吹く。

 試合終了後、新宿にてやけ酒。この段階で、青田・岡山間の緊張は臨海点にまで達している。

 青田「君が見に来てから負けたんだね」
 岡山「いやいや、旦那の責任だよ、これは」

 

天皇杯3回戦・柏レイソル1−0国士館大学

 さて前回で蜜月の日々は終わった(違)。岡山氏と決裂したため、一人での観戦となる。さて、レイソル永遠の宿敵、国士館大学とまたしても対戦。一昨年の天皇杯予選ではPK戦の末、敗れるという屈辱を味わっているだけに、絶対に負けられないゲーム(負けたらプロじゃねぇ……)。しかし、内容的には結構、押されている、(情けない) 結局、前半30分過ぎの酒井のゴールで1−0で逃げ切るが、うーん、誉められた内容ではなかった。
 国士館大学の応援団の野次の汚さに閉口した。お前ら、カシマや駒場で同じ事出来るのか? でも一部には絶妙にマニアックでツボを付いた野次があってちょっと面白かった。
 こんな試合をしているようでは……、案の定、次の4回戦で広島に敗退。

1996年の観戦勝率は0.500(2勝2敗)

ここまでの通算勝率は0.555(5勝4敗)


1997年

1997年・前年度でカレカと柱谷の高齢FW2人が引退、代わって若いジャメーリを獲得、エジウソンの相棒として、素晴らしい働きを見せてくれるのだが…… 青田はこの年4月から仙台へ移住の為、思い残す事のないようにナビスコのレイソル戦を2試合だけ観戦。

 

ナビスコカップ予選第1節・柏レイソル5−1ヴィッセル神戸

 再び和解した筆者と岡山氏は基本原点に立ち戻った。
 即ち――「絶対に勝てるゲームを見に行く事だ」。かくして、今回のターゲットに選ばれたのは、この年からの昇格組、ヴィッセル神戸である。

 ヴィッセルの脆弱なディフェンスを容赦なくエジウソンが切り裂きまくる。オラ! オラ! オラ! さらにオラ! てな感じで、4点、おまけに有馬賢二のゴールを生で見るという貴重な体験までして、御満悦で帰宅。しかし……かなり卑怯者なサポーターだな、わしら。

 

ナビスコカップ予選第5節・柏レイソル1−1名古屋グランパスエイト

 この日は後輩と2人で観戦した。この男も只者ではない。学生の頃は学内で年中、FKの練習をやっていた変人である。

 ナビスコ予選、ここまでの貯金があるので、この試合、レイソルは勝ち点1、引き分けでも予選突破が確定する。従ってニカノール、珍しくディフェンシブな戦術を採る。だからして当然、見ている方は、

「つまんねえ」

 結局、エジウソンのゴールで先制するも、平野のゴールで追いつかれ、ドロー、名古屋も引き分けでもOKな部分があったからなあ。ちょっと入場料返せなゲームだった。結局、この勝ち点1でレイソルは予選突破を決めた。最終第6節で、レイソル、グランパスとも負けたのには、ちょっと失笑。

1997年の観戦勝率は1.000(1勝1分)

ここまでの通算勝率は0.600(6勝4敗1分)


1998年

1998年・ニカノール氏、エジウソン、ジャメーリ、バウディールの退団でほぼ陣容は一新、監督にはついに西野朗氏が就任、新外国人にバジーリオ、ドゥッダ、マルコン……。しかし、途中でシルバとマルコンとドゥッダが退団、何とブルガリアからストイチコフ、ブラジルからブユーとベンチーニョ。もうワケが分からん。成績も「なんだかなあ」という内容に終わる。

 

Jリーグ1stSTAGE第3節・柏レイソル1−1(PK5−4)コンサドーレ札幌

 諸々の用事(殆ど遊び)で上京する。試合終了後はレイソルオフ会にも参加――なかなかに充実した一日だった。試合の方は、楽勝だと思っていたのだが、大苦戦、バルデスのハイレベルなゴールで先制され、敗色濃厚となるも、後半も終わり頃、光輝が切り込んで同点ゴール、試合は延長戦(コンサドーレのVゴールと思ったら、オフサイドで命拾いなんて場面もあった)でも決着が付かず。PKへ……5人蹴って、全員決めたレイソルの勝ち。
 しかし勝ち点1では報われん。福岡・札幌相手に2試合合わせて勝ち点2ってのは酷い。
 あ、そうそう、岡山氏もいました。彼もオフ会までいました。とても楽しかったです。
 オフ会会場の某『吉春』付近で、前節に退場処分を受け、出場停止中の某選手を目撃。だからどうした――。

 

Jリーグ1stSTAGE第10節・柏レイソル2−3x名古屋グランパスエイト

 当初は友人達と4〜5人のツアーの筈が、諸事情により、結局、後輩(男)と2人で見に行く事になる。試合の方は、取られたら取り返す点の奪い合いになり、結局延長戦にもつれ込む、ここまで延長・PK絡みで勝ち点を損しまくっているレイソルサポーターの間から溜め息が漏れる。結局、延長Vゴールを決められて敗退。まあ完封負けするよりは良かったのだろうが……あんまり面白くはなかったな、と。

 

Jリーグ2ndSTAGE第4節・柏レイソル3−1セレッソ大阪

 開幕3連勝とセカンドステージ絶好のスタートを切った柏レイソル、第4節ホームに迎えたのはJリーグ同時昇格のセレッソ大阪。
 まず東武のバスでスタジアムに向かう最中に報知新聞の予想スタメンを見ると、何とストイチコフの名前が無い!!
(代わりにバジーリオの名が) 何のために、仙台から柏まで来たんだ!? 俺は? と苦悩しつつスタジアムに試合開始10分前に到着、グラウンドを見渡すと、センターサークル当たりに31番の姿がある。フリストはスタメンだ、とちょっと安堵。スタメンはGK南、DF沢田、萩村、渡辺毅、片野坂、MF明神、下平、加藤望、FWストイチコフ、ベンチーニョ、酒井。セレッソは森島とマニッチほか(おい)、前半は双方とも得点のないうちに終了、ややレイソルが押しているようだが、繋がりが悪く、凡ミスからカウンターされる場面もあり、寒い。右サイドの沢田と酒井の崩しが甘い、特に酒井は一対一の場面で突破を図ろうとしないので怖さに欠けていた。ショートパスのみで崩すのにも限界がある。その酒井に容赦無いブーイングが飛ぶ。
 さて後半開始早々、ゴール左25〜30メートルの位置でFKを得たレイソル。無論キッカーはフリスト・ストイチコフ――1994年アメリカワールドカップで得点王に輝いた左足が一閃した。セレッソの壁の間を擦り抜けたボールは、ライナーで鋭く右へとスライドしてゴール左隅ギリギリに突き刺さった。キーパーも飛び付いたが、触れる事も出来ない。凄すぎ。鳥肌の立つようなゴールである。
 同点に追いつかれた後のFK、ストイチコフを警戒するセレッソ守備陣を嘲うかのように、ダミーと思われたベンチーニョが、FKを蹴った。意表を衝かれてタイミングを外されたGK・下川は反応する事も出来ず勝ち越し点が決まった。これも先制点を奪ったストイチコフの強烈なFKが、セレッソ守備陣に恐怖のイメージを刻み込んだ効果なのは間違い無い。
 終了間際には右サイドからバジーリオが切り崩して、中央どフリーの大野がヘッドで押し込んで、駄目押しとなる3点目を押し込み、そのまま試合終了。

 この内容で4000円なら安い。と思わせるようなナイスゲームであった。
 口の悪い柏サポーターもあまりストイチコフには野次を飛ばせないのが、ちょっと微笑ましい。一回、どフリーを外したシーンもあったんだけどね。

 

Jリーグ2ndSTAGE第15節・柏レイソル1−3ベルマーレ平塚

 久々に岡山氏とレイソル観戦に向かう。(この段階で8割方負けは確定していた?)
 そもそも、試合観戦直前に入ったサウナのボイラーが故障していて、湯船が空だった事も見逃せない不安要素だった。(笑)
 それにしても、負ける要素なんかちっともなかった筈の試合だったのだが、負けるんだなこれが。
 田坂のマンマークに動きを封じられていたストイチコフが前半終了間際に肉離れでリタイア、ストイチコフの交代直後にベンチーニョが押し込んで、同点とする……もそれまで。
 後半開始直後にわけのわからんうちに勝ち越される。その後は巻き返して、そこそこゲームを支配するも、小松原のクソガキの演技に、阿呆の審判が躍らされて、渡辺毅が一発退場。ちなみにその後の一発退場もののベンチーニョの蹴りは主審の死角を衝いていたため見逃された模様。(笑)
 終了間際に総員上がった隙をカウンターされて、1−3とされてジエンド。まあ1−2でも1−3でも大して変わらんから、それはそれで良し。
 やけになって? スタジアムでJ−PHONEの申し込みをして、立ち去る。
 帰り道、岡山氏と延々敗戦責任の押し付け合いをした事は云うまでもない。(笑)
 それにしても、何がむかついたって、目の前にいた婆ァだよ。あんた、自分の目の前に何も遮蔽物がないのに、立つなよ。邪魔だ。

 

天皇杯3回戦・柏レイソル3−1サガン鳥栖

 色々と(一部分、まだ人には云えないような)所用があって上京しました。
 直前まで観戦するかどうか悩んでいました。
 当日の朝まで、「どうしようかなあ」などと思いつつ、高田馬場で徹夜麻雀などしていたわけです。
 午前9時頃に柏駅東口のサウナに入湯、そのまんま爆睡してました。(笑)
 目が覚めると午後0時40分――。「ぐお!」と思いつつも、まだ青田は悠然と湯に入り、汗など流していました。ちなみにあと30分目が覚めるのが遅かったら、観戦計画は中止になっていた事でしょう。
 サウナを出たのが0時55分、やや急ぎ足でスタジアムに向かいます、この時の青田は「5分や10分くらい遅れても問題あるまい」などと悠然と構えていました。

 さてスタジアム到着、試合は前半10分でした。
 ボードを見ると、スタメンにはストイチコフの名前が見当たりません。やはり肉離れが完治してだろうか? 後半から出場するといいな、などと悠長な事を考えていました。
 前半20分くらいだったでしょうか、サガンのやや悪質なファウルがあって、レフェリーがイエローを提示します。
 その時の事でした。周囲の人々の奇妙な発言が私の耳に入りました。

「今のはレッドだろ、人数、同じにしてくれ」

 人数、同じ――――?
 青田はふと不安になって、柏の人数を数え始めました。10人、10人、10人、10人――――

 何度数えても10人しかいません。マジかよ。

 しかもボードをよく見れば、ベンチーニョの右隣に一人分の空白があります。そこにいるはずの選手が退場になったのでしょう。
 ベンチーニョの右隣という事は当然、FWでしょう。そして、前半10分も持たずに退場になるような選手は一人しかいません……。

 ストイチコフ……! 

 何しに私ははるばる仙台から観に来たんだろう。
 ストイチコフ、ベンチーニョのゴールラッシュを見に来た筈が……。
 試合の方は前半を0−0で折り返しました。

 後半に入ると入江に変わってU−21帰りの明神が投入されました、その明神君、無茶苦茶動きが冴えてました。「ブランメルにおける御厨」(凄いマニアな比喩だ)のように突出してました。そうこうしているうちに51分に酒井の先制ゴールが決まりました。熊谷のロングシュートを方向を変えて押し込んだように見えました。
 しかし64分、サガン・上村の鮮やかなロングシュートが突き刺さって、追いつかれます。
 一人少ないながらも、押しているレイソルですが、決められないままに、時間が経過していきます。

 80分過ぎ、レイソルは絶体絶命の危機を迎えました。混戦のこぼれ球をもう少しで押し込まれるところでした。サガンのFWがあと30cm足を出していたら、おそらくレイソルは負けていたでしょう。しかし幸いな事にボールはゴールマウスを外れていきました。

 87分、加藤望の鮮やかなシュートが決まって、勝ち越します。
 ロスタイムには完全フリーで抜け出したベンチーニョがディフェンスを引き付けてから、右の酒井へパス、これまた完全フリーとなった酒井がこれを珍しく落ちついて決めて駄目押しの3点目。
 この後、酒井はもう一度、ゴール前でフリーとなるチャンスがあり、「酒井直樹初のハットトリックか!?」と思ったのですが、人が良いというか何と言うか、先程のお返しとばかり、ベンチーニョにパスを出してしまいます。いいじゃん、自分で決めちゃえば、もうちょっと貪欲になろうよ……(苦笑)

 結局このまま試合は終了して、3−1でレイソルが4回戦へとコマを進めました。予想通り相手は浦和です。

 試合終了後には今年で退団する沢田謙太郎がスタンドにユニフォームやグローブを投げ込んでました。
 気前良くインナーまで脱いでいくので、全部脱ぐ気じゃあるまいなとちょっと不安になりました。(笑)
 しかしこの日の沢田は動きも切れていたし、どうしてこれだけの選手を放出するのか、柏のフロントの考える事はさっぱり理解出来ません。名古屋や浦和がいい補強をしているのを見ているだけに……ねえ。

 一人少ない劣勢をものともせずに勝利したと云えば聞こえはいいですが、サガンの決定力の無さに救われた試合という印象の方が強いです。当たり前ですが、相手が鹿島や磐田だったらひどい目に遭っていた事でしょう。4回戦はストイチコフも出られないし。やれやれ。

 他会場の結果が続々と入ってきました。毎年の事とはですが、JFLに足元を掬われるJリーグ勢があちこちで出ていました。
 セレッソ大阪4−6ヴァンフォーレ甲府、ガンバ大阪1−2モンテディオ山形、ジェフ市原0−2本田技研、横浜マリノス0−1ブランメル仙台。ヴィッセル神戸1−2コンサドーレ札幌、アビスパ福岡3−2京都パープルサンガ。(アビスパはJFLではないです。念のため)
 まさかブランメルがマリノスに勝つかね、しかし……。そして、京都・大阪・神戸と関西勢は全滅です。誰が呼んだか
「三都壊滅物語」(笑)

 試合終了後は「さかって連」さんの飲み会に混ぜて戴き、とても楽しかったです。皆さんどうもでした。
 しかし……ストイチコフ、頼むよ。

 今回の教訓――――「5分や10分と考えたのが命取り」(笑)

 そうそう岡山君は別口で新宿で飲んでいたそうです。

1998年の観戦勝率は0.600(3勝2敗)

ここまでの通算勝率は0.600(9勝6敗1分)

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