第1部 黎明編
筆者が現世に戻ったのは、午後12時34分だった。時計の針を見て、「この時計狂っているな」とぼんやりと思った。
序々に意識が鮮明になる。念のため、自分の腕時計を見た。やはり「12:34」の表示。
「はてな・・・・・・?」
そしてここは何処だ? 見慣れた部屋だ。柏の某後輩宅(※24歳男性)だ。
「どうして昨夜飯田橋で飲んでいたはずの僕がここにいるの?」という当然の疑問が心に芽生えたが、それどころではないので一時棚に上げる事にする。友人たちとの待ち合わせは午後1時千駄ケ谷、絶対間に合うハズはない。いやそれどころか! 試合開始に間に合うかどうか・・・・・・! しかも最悪な事に全員のチケットは筆者がまとめ買いして持っていたのである。(本当に最悪だ)
宿主との会話もそこそこに、筆者は柏駅へ向かう。駅への道すがら、携帯電話で友人たちに遅刻の連絡を入れる。
ところで、走っていて気がついたのだが、凄まじい不快感が内臓、喉にこみ上げて来た。 まずい。しかし立ち止まっている場合ではない。
第2部 分裂編
筆者は柏駅に辿り着くと、ちょうどホームに入ってきた上野行きの常磐線に飛び乗った。
電車は揺れる。窓の外に目を向ける体力など無い。つーかそんなものを見たら吐く。4人掛けのボックスシートで下を向いて脂汗をだらだら流している男、こんな奴と同席する事になった奴は本当に不幸だ。(お前が元凶だ)
ところが・・・・・・松戸駅が遠い。いつまで経っても到着しない。主観的にはもう南千住あたりに付いていてもおかしくない、と思うほどの時間が経過しているにも関わらず、現実には電車は松戸駅にすら到着していない。窓の外の景色を見て現在地を確認しようかと思ったが、体力と勇気がないのでやめておく。万が一、窓の外に日本閣(※南柏と北小金のほぼ中間地点にある)なんかがあった日には、その場で精神的ショックで絶命しかねない。
永劫とも思える時間の後に、常磐線は松戸駅に辿り着いた。アナウンスが無情な事実を告げた。「この電車は当駅に4分間停車します」この一刻を争うという時に! しかし筆者はこの危機を好機に転じた。駅のホームにあるキオスクに走りエビアンを購入すると、最大サイズのビニール袋を獲得する。(後に最大の英断となる)
さらに主観的には、南蛮王・孟獲を七回捕らえて七回放す事の出来るくらい長い時間を潜り抜けて、電車は日暮里を出ると、上野駅まであと3分の距離まで到達した。唐突に限界が訪れた。
「■×○▼△!!」表記不能な音響とともに、筆者の中身若干が松戸駅キオスクのビニール袋へと移動した。
幸いにも日暮里駅にて大半の乗客は降車していたため、ボックスシートに座っていたのは、筆者と中年男性だった。これで対面に池脇千鶴ばりの美少女なんかが座っていて、冷ややかな軽蔑の目で見られた日には、国立を待たずしてその場で割腹して果てているところ。
よれよれになりながら山手線(もしくは京浜東北線)に向かおうとする筆者に、温かい声がかけられた。
「大丈夫ですか? 一人で降りられます?」それは妙齢(推定22歳プラマイ2)の美女だった。おそらくは電車に酔った可哀想な人とでも思ってくれたのだろう。そうでなければこんな温かい声は出せない。二日酔いの阿呆ですとは言えずに、筆者は「大丈夫です」と力強く(主観的)笑うと立ち去った。重傷を装って肩を借りるという手も考えないではなかったが、酒精分の匂いで正体がバレた日には斬殺されても文句は言えない。何にしても名も知らぬお姉さん、あなたは筆者の心の中では内田有紀と同等クラスの地位を占めた事を明記しておく、もしもこの頁を読んでいたらメール下さい。(読むわけねー)
第3部 誤算編
さて、筆者は山手線で秋葉原へ移動、体重が軽くなったせいか、体調もややマシになったような気がする。総武線(中央線)に乗れば、ギリギリ間に合うな、と路線図に目を向けた。!!・・・・・・新たなる驚愕が筆者を襲った。
「千駄ケ谷ってこんなに新宿寄りだったんかい!!」 そう筆者の頭の中の路線図では千駄ケ谷とは飯田橋の次くらいに位置付けられていた。しかし実際には飯田橋、市ケ谷、四ツ谷、信濃町の次だったのだ。間に合うかどうか甚だ怪しい・・・・・・。
第4部 沈黙編
午後2時ジャスト、筆者を乗せた電車は千駄ケ谷駅へ到着した。改札にて友人3人と合流を果たす。どの顔も嘲笑と苦笑に満ちている(ように見えた)。筆者に反論の余地などあろうはずもない。最悪な事に駅前のダフィーたちはチケットが売れ残り「チケット割引あるよ」などとぬかしている。おいおい20日前に指定席を買ったこっちの立場はどうなる?
我々4人はスタジアムへと急ぎ足で移動する。
「まさかゴール入ったりしてないよな?」友人の一人、岡山氏がカレカに似た顔に笑いを浮かべて言った。
「そんなまさか・・・・・・」筆者が言いかけた時だった。場内から異様な歓声が聞こえてきた。
「ゴォーーール!!」嘘ォ・・・・・・。
「ただいまの得点は、前半5分、柏レイソル大野敏隆選手でした!!」
柏のゴールなだけ良い・・・・・・。
「これが決勝点なんて事ないよね」
明るく言ってくれたのは、友人の落石横丁氏(マリノスサポ)である。
「このチケット何割引き?」
鬼のような事を尋ねてきたのは、市原サポのうすきいろ氏(友人)である。ナビスコのパンフに掲載されている昨年の決勝のスコア(磐田4−0市原)を見る彼の眼差しは限りなく哀しそうだ。
何はともあれ、どうにかこうにかスタジアム内の指定席へと辿り着く。この段階で筆者の顔色は、青を通り越して白くなっていた、と思う(無論、鏡を見る余力無し)。これだけの二日酔い、平時ならまだ布団の中で唸っている。
その後も、柏の攻勢のままに前半終了。
第5部 再生編
「まずい・・・・・・」
いや勿論、柏が勝つのは良い。勝ってもらわなければ困る。しかし・・・・・・唯一の得点シーンが私の遅刻の為に見れなかったというこの状況は拙すぎる。速やかに追加点を取ってくれ・・・・・・。願わくば2、3点・・・・・・。しかもビューティフルゴールで、先制点を見損なった事を皆が忘れるような奴を。
都合のいい事を考えていたのがいけなかったのか。
ビスマルクのゴールで鹿島同点に追い付く。
「ま、まあいい、この後、決勝点を取れば先制点の一件は忘れてもらえるだろう」
2分後、阿部のFKが直接、柏ゴールに突き刺さる。
「阿部って誰やねん! ビスマルクにやられるなら判るが、阿部!?」(阿部ファンの皆さん大変失礼)
試合の流れは完全に鹿島へ、柏は満足に攻めの好機を作ることから出来ずにいた。そして鹿島の露骨な遅延行為が開始される。
「お前等どうして完全な態勢で着地してから、転がって痛がるねん?」
筆者は半ば諦めて、頭を落とした。悔しいが敵が一枚上手かもしれん。洪さんが居れば、明神が南が居れば(すると当然、鹿島にも秋田が居る事になるのだが)
「ああ・・・・・・俺が昨夜酔い潰れていなければ、こんなことにはならなかった。逆転されたのは俺の責任だ・・・・・・」筆者は悔恨する。(因果関係の立証は不可能)
絶望的な戦況の中、それでも時折、右サイドを酒井が必死に突破しようとする。
その姿を見ていた筆者にも異変が生じていた。
これはいかなる現象なのか、死にかけの、もはや体力など残っていないはずの筆者がこれまでに無い大声で叫んでいた。(たかが応援とはいえ、人間土壇場になると信じられない力が出るもんだと自ら感心した)
「酒井行けェェェェ!!!!」
後半42分、鹿島のビスマルクが遅延行為でこの日2枚目のイエローを受けて退場。一説によると久保竜彦の怨念が国立の上空に渦巻いていたとも言われている。それはそれとして、柏は数的有利にモノを言わせて果敢に攻める。
この時、既に筆者は迫り来る自らの最期を予見していたのかも知れない。この蛮勇とも言える壮絶な応援が筆者の体力の残りゲージを全て削り取るに違いない。ラオウに三日殺しの秘孔を突かれ、トキにより僅かに寿命を伸ばして貰った南斗水鳥拳のレイみたいなものだ。
後半ロスタイム、渡辺毅の渾身のヘッドが外れる。筆者の体内時計では既にロスタイムは3分を超過している。その瞬間に笛が鳴るかと思ったが、しかし・・・・・・まだ鳴らない。
「駄目か・・・・・・しかし良くやった」
勝手に完結した満足感を持って筆者は呟く。
ところが、奇跡が訪れた。
渡辺毅の執念が、長谷川太郎の必死のジャンプが、北嶋の回心のポストプレーが奇跡を呼んだ。
一瞬の呆然の後、筆者は怒号して、旗を振り回す。
国立に黄色の大波が揺れた。
第6部 超越編
延長突入、柏は数的有利に任せて攻めまくる。
筆者はわけのわからないエネルギーに動かされ、ひたすら吼えている。もはや生命力など何処にもないはずなのに。
ちなみにこの段階で全員先制点の一件は忘れてくれたようだ。まあ得点シーンはオーロラビジョンで再生してくれたし。
第7部 決着編
PK戦、いつの間にやら筆者は半袖のレプリカ姿になっていた。
そして、柏の6人目、萩村滋則が冷静に左隅に蹴り込んだ。柏に初のタイトルが訪れた。
筆者は狂ったようにいつまでも旗を振り回していた。
第8部 絶命編
追記・この後、筆者一行は祝勝会と銘打って飯田橋の某居酒屋に繰り出したモノの、筆者は一杯目の焼酎に口を付けただけで倒れそうになり、オレンジジュースと烏龍茶だけで2時間を凌いだ。その後、瀕死の肉体に鞭打って帰宅すると、ぶっ倒れて熟睡もしくは昏睡モードに突入。完全復旧には48時間以上を要した。
実のところ、今回の教訓はただひとつ「飲み過ぎ注意」でした。
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