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手島戦記

 某「隠密テッシー友の会」のサト。嬢には悪いが、この京都戦(と次の福岡戦)は筆者としては柏にとってのボーナスステージと思っていた。現状の戦力差で、背景バトルを受けるとは世の中には蛮勇な娘さん(いいかげん無礼な言いようだな、しかし)がいるもんだなどと思って余裕こいていたのだが、それがまさかこんな大苦戦になる事とは、まことに「Jリーグはメンタルゲーム」である。いやはや冷や汗をバケツ一杯分は流したような気がする。

 そもそもこの試合、観戦する予定すらなかったのだ。

 昼の試合で、1位の東京と2位の清水がともに敗れた事を知り、「すると今日、柏が勝ち点3を取れば単独首位(ああ、なんという甘美な響きか)かい! なんとおいしい設定じゃ!! それは見に行かずばなるまいよ」と急遽予定を変更した。 

 この段階で筆者は柏が京都に90分で勝てない可能性があるなどとは夢にも思っていない。なんという傲慢か。「セブン」で犠牲者になれるくらいの傲慢である。

 18時20分、筆者は日立柏に向かって出発した。

 そして、その第一歩から挫折した、いや挫折しかかった。この段階で筆者の財布の残金は2700円しかなかった。資金を補給するべく、銀行のキャッシュディスペンサーに立ち寄った。

 ――――閉まっている。土曜日やんけ。

 またしても、試合前からネタになりそうなボケをかましてしまった。

 2700円で買えるのは、ゴール裏自由席だけか、まあ致し方あるまい。それでも筆者は日立柏に向かった。試合終了後には残金は僅か200円になる――余談だが、柏駅から筆者の最寄駅までは210円かかる――わけだが、その事についてはあまり深く考えないことにした。柏在住の後輩から適当に資金を調達しよう、とか考えていたらしい。

 酷い話である。

 筆者がスタジアムに到着したのは18時55分だった。試合開始5分前である。当日券売り場でチケットを購入すべく、自由席売り場の行列最後尾に並んだ。行列といってもせいぜい15人程度だ。すぐにチケットは入手、試合開始前には席に着く事が出来るだろうと思っていたのだが、ところが行列はフリーズしたまま、一向に進もうとはしない。隣の指定席売り場の行列は流れるように進んでいる。

「どういうことやねん」半ばキレかかる筆者及び周囲の数名。

 席自体は残っているにもかかわらずチケット売り場にチケットが無くなったらしい。要するに運営側の不手際(かなり不手際だぞホントに)という事か。幸いにも暴動が発生する前に何処からとも無くチケットが到着して事無きを得る。

 筆者はアウェイ側のゴール裏に陣取った。名目上は自由席となっているが、何処に席がある。(昔はジャロに電話してやろうかとよく思ったものだ) この時、試合は既に前半5分を回っていた。幸いにもスコアはまだ動いていない。(動いていたら金返せである)

 序盤戦、意外な展開だった。

 優勢に立っているのは京都だった。神戸6点取られて虐殺された市原、その市原に開幕戦で6点を奪われて爆砕された京都である。

 柏の選手たちには京都になら無条件に勝てるモノと無意識下としても弛緩したものがあったのではないだろうか、対する京都には試合開始から高い集中力、モチベーションが感じられた。既にJ2降格さえも見え始めた彼等は間違い無く必死だった。その士気の差が本来の両軍にあるはずの実力差を超えて、京都を優位にさせていた。まことに「Jリーグはメンタルゲーム」である。(最近、筆者が多用しているフレーズである。しかし正直、精神的要素でコロコロ形勢が逆転するというのもなんだか情けない。プロなんだから、出来る事は最初からやれ)

 ――――とにかく京都の優位で試合は進んでいた。そして、遂にはゴール前に切れ込んだ京都DF野口が、ディフェンスに入った洪明甫大先生を事もあろうにワンフェイントで振り切ると、精確なシュートをゴール隅へと叩き込んだ。前節の大失態にもかかわらずこの日もスタメン起用の南も取れない位置。京都先制。

 おいおい――――黒と紫の鯨幕模様となった切腹倶楽部のトップページが筆者の脳裏に浮かんだ。頭を振って必死に追い払う。前半戦一杯はその妄想に付きまとわれた。

 前半終了間際、京都PA内の混戦から柏の選手が上げようとしたセンタリングが至近距離に居た京都の選手――後に手島和希である事が判明――の上腕部に当たる場面があった。これは筆者の目前の出来事だったので間違い無い。しかし主審はハンドを取らない。

 おそらく――――主審は手島のハンドを故意ではないと判定したのではない。(確かに手島の腕にボールが当たったのは故意ではなかったが、この事によって柏の得点機会が阻止されているのだからPKであるべきでは?) ――問題のプレーを背後に居た主審は全く見ていなかった。この辺りから審判に対する不信感が鎌首をもたげ始めた。

 後半開始、ハーフタイム中に西野君にシメられたのか、自発的にこのままでは洒落にならんと悟ったのか、毎度おなじみ洪明甫大先生を中盤に上げる「柏最後の手段」が発動する(毎試合、最後の手段を使わなければならんというのも如何なものかと思うが)と、別人のような柏の猛攻が開始される。何度目かのCK、大野の蹴ったボールを二アの砂川がヘッドでファーサイドに流すと走り込んだ選手がゴールへ押し込んで同点とする。――誰だ?

 ――ただいまの得点は、柏レイソル、2番、萩村滋則選手――場内アナウンスが得点者の名を告げた。

「萩村だと?」意外――真の意外はこの試合のラストに訪れるのだが、この段階で筆者がその事は知るはずも――――ない。

 そして――、柏の猛攻は続く。

 65分に酒井直樹、72分に加藤望とスピードのある駒が相次いで投入される。

 一方、Jリーグも動き出した。
 69分、原田秀昭OUT 南浩二IN

 前半終了間際に手島のハンドを見逃してくれた絶好調・原田秀昭に代えて線審の南浩二を中央に上げた。この主審交代が見事にツボにはまる。直後、京都ディフェンス陣の裏を取った柏の攻撃が事も無げにオフサイドとして処理される。いかなるルールのもとにこのプレーがオフサイドとなるのか――――。主審・南もさる事ながら、現場に居合わせた線審×2、彼らはこの判定に疑問を抱かなかったのか、一体この国の審判はどういうレベルなのか。某サッカーマガジン誌によると、原田・南ともジャッジの評価は4.5点、この日の最低点である。手ぬるい。2点くらいが至当だろう。

 おがけさまでまたしても試合は延長戦へと突入する。磐田・清水・東京戦に続いて実に4度目である。もううんざりじゃのう、という雰囲気が観客席を支配する。京都相手に勝ち点3すら確保出来んのかい・・・・・・。

 延長前半、京都・松井大輔がPA内でどフリーとなる。

「ぐぶ!?」

 再度、筆者の脳裏に黒と紫の鯨幕が点滅した。

 松井のシュートを南雄太が「これだけがウリ」の驚異的な反射神経で阻止して、危機を回避する。南雄太、西野君から「これで駄目だったら吉田と換える」との最後通牒を戴いていたらしい。

 またこの試合でディフェンスに異様にキレた動きを見せていたのは、薩川御本尊様である。とにかく速い、そして強い。速いのは知っていたが、こんなにも強いとは思わなかった。
 京都のFW陣がサイドラインに追い詰められては倒された挙句にボールを奪われる場面を幾度見た事か。中でもよく転がされていたのは、
キング・カズか。

 延長後半、さらなる惨劇が柏を襲う。ゴール前の混戦のエース・北嶋が負傷。担架で担ぎ出される。どうやら戻って来れない模様。柏は数分間を10人で戦う事となる。

「もうドローでいい。勝ち点1でいいです――――」筆者はせめて敗北だけは回避する事を天に祈った。鯨幕は嫌だ。

 結局、立ち上がれない北嶋に代わって、朴建夏が投入された。

「インフルエンザじゃが仕方ない」筆者は「獄門島」に登場する和尚のような台詞を呟いた。「自殺点さえしなければ許す」という心境だった。

 しかし――意外というか皮肉な結末が用意されていた。

 もう勝ち点1を確保したような気分になっていた118分、スローインから京都ゴール前にこぼれた球を何者かがシュートしたボールは、京都ゴールに突き刺さった。

 一瞬のうちにスタンドが歓喜に沸いた。黄色い波が揺れる。

 誰だ???

 望か? 大野か??

「パクだ!!」

 パク?? なんだと???

 あのインフルエンザウィルスが!??

 ――ただいまの得点は、柏レイソル、29番、朴建夏選手――場内アナウンスが得点者の名を告げた。

 筆者は非常に複雑な心境で、それでも安堵の溜め息を吐いた。勝ち点2を確保、総得点で磐田に1点劣る為に、今節の首位は逃した。サト。嬢との背景バトルには勝利した。(――――ふう。なかなか手強かったよ、京都)

 今までなら間違いなく負けていたか、良くて引き分けだった試合を延長勝ちとはいえ勝利出来るようになったのはやはり大きい。そして得点したのが萩村と、今まで全く機能していなかった朴。この日替わりのヒーローの誕生も心強い。

 柏がこの試合で得た教訓は大きい。どんなに格下と思える相手にも決して油断する事なかれ、最初から全力で叩き潰しにかかるべし。この教訓は次節の福岡戦以降に活かされるに違いない。

 筆者はとりあえず、朴建夏をインフルエンザ呼ばわりするのを止めようと思いつつ、日立柏を後にした。

 その夜、筆者が柏駅西口の某公園で夜桜見物した後に、(後輩たちと)麻雀、国士無双を含む大勝利で交通費の30倍もの金額の図書券を叩き出したのは余談である。げええっぷ。ごちそうさま。 

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